大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)5790号 判決

原告 大村主計

被告 尾崎宗 外二名

主文

被告尾崎は、原告のために、別紙第一目録の土地建物について所有権移転の本登記(土地については昭和三一年四月五日受付第九一七七号で、建物については、昭和三十二年二月二十八日受付第五二八八号で原告のためにされた仮登記にもとづくもの)手続をすべし。

被告らは原告に対し、別紙第一目録の建物のうち別紙第二目録の部分を明渡すべし。

訴訟費用は五分し、その四を被告尾崎の負担とし、その一を被告設楽、同吉田の負担とする。

この判決のうち第二項は、原告が、被告尾崎に対しては金十万円、被告設楽、同吉田に対しては各二万円の担保を供することにより、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨のほか訴訟費用は被告らの負担とする旨の判決及び建物の明渡しを求める部分につき仮執行の宣言を求め、請求の原因として、つぎのとおり述べた。

原告は昭和三十年九月八日被告尾崎との間に、同被告所有の別紙第一目録の土地建物につき売買契約をし、代金については、原告から被告尾崎に金八十万円を支払うほか、被告尾崎の訴外殖産住宅相互株式会社(右建物を建てた会社)に対する建築代金五十五万四千四百円の残金三十万三百円(掛金十三回分)、一回分は(二万三千百円)の債務の履行を原告が引受けることにし、所有権は原告がその債務を履行したときに移転することと定めた。

原告は被告尾崎に対し、右代金の支払いとして、右契約をした日に金十五万円を、昭和三十年九月十五日に金六十五万円を支払つたほか、殖産住宅相互株式会社(以下殖産住宅という)に交渉して右十三回分の掛金三十万三百円を掛金十回分(二十三万一千円)ほどにまけてもらつたうえで、同月二十六日これを同会社に支払つた。これによつて右土地建物の所有権は原告に移つた。

原告は、右土地については東京法務局大森出張所昭和三十一年四月五日受付第九一七七号で、建物については同出張所昭和三十二年二月二十八日受付第五二八八号で、いずれも所有権移転請求権保全の仮登記を経たが、被告尾崎が所有権移転の本登記手続に協力しないから、被告尾崎に対し、右土地建物につき所有権移転の本登記をすべきことを求める。

また、被告らは、現在、何らの権原なくして右建物を別紙第二目録のとおり占有しているから、原告は、右建物の所有権にもとづき、被告らに対し、その占有部分の明渡しを求める。

かように述べ、立証として、甲第一ないし第十二号証を提出し、証人伊東正雄(第一回)、大村淳三の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、「乙第一号証の一、二が真正にできたことは認めるが、その余の乙号各証が真正にできたかどうかは知らない。」と述べた。

被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

別紙第一目録の土地建物が被告尾崎の所有であること、被告尾崎が殖産住宅に原告主張のような債務を負担したこと、原告主張の頃被告尾崎が原告から金十五万円でなく金十二万円を受取つたこと、原告が前記会社に二万三千百円を支払つたことがあること、原告が右土地建物につき原告主張のとおりの仮登記を経たこと、被告らが右建物を原告主張のとおり占有していることは認めるが、原告主張のその余の事実は否認する。

被告尾崎は、身寄りがなくて、本件建物でやつと糊口をしのぐような生活をしていたので、昭和三十年九月頃、かねて知合いの訴外伊東正雄が来て「老後の心配のないように世話をしてやるから、ちよつと印を貸してくれ」といつたのを信用して、同人に印を渡したところ、伊東は、あたかも被告尾崎が前記土地建物を原告に売つたようにこしらえあげてしまつたのである。

原告主張の頃原告が被告尾崎方へ来て前記建物の権利証をみせてくれといつたので、被告尾崎は「他に担保にはいつている」と答えたところ、原告は、「では十二万円もつて行つて受け出して来てみせてくれ」といつて金十二万円を被告尾崎に貸してくれた。被告尾崎が原告から受取つた金十二万円は、このように被告尾崎が原告から借りたものである。

原告が殖産住宅に二万三千百円を支払つたことについては、被告尾崎は何も関係していない。

被告設楽、同吉田は右建物のうち別紙第二目録の部分を被告尾崎から賃借してこれを占有しているのである。

かように答弁し、立証として乙第一号証の一、二、第二ないし第六号証を提出し、証人伊東正雄(第二回)、大竹広吉、貝瀬操、賀川邦男、中根正勝、小室君雄の各証言、被告尾崎本人尋問の結果を援用し、「甲第二ないし第四号証、第六号証が真正にできたことは認める。甲第十一、十二号証が真正にできたかどうかは知らない。甲第七号証のうち東京法務局大森出張所作成名義の部分が真正にできたことは認めるが、その余の部分が真正にできたことは否認する。ただし、同証中被告尾崎名下の印影が同被告の印によるものであることは認める。その余の甲号各証が真正にできたことは否認する。ただし、甲第一号証の被告尾崎の氏名が同被告の自署にかかり、その名下の印影が同被告の印によるものであることは認める。また、甲第五号証の被告尾崎名下の印影が同被告の印によるものであることも認める。」と述べた。

理由

甲第一号証については、その末尾の尾崎宗の氏名が被告尾崎の書いたものであり、その尾崎名下の印影が被告尾崎の印によるものであることは被告らの認めるところであり、証人伊東正雄(第一、二回)、同大村淳三の各証言、原告本人の供述によると、被告尾崎は甲第一号証の文言を承知してこれに署名捺印したことが認められる。

甲第五号証についても、尾崎宗名下の印影が被告尾崎の印によるものであることは被告らの認めるところであり、証人伊東正雄の証言(第二回)によると、被告尾崎は甲第五号証の文言を承知のうえでこれに署名捺印したことが認められる。

甲第一及び第五号証のできたときのことについて被告尾崎本人のいつていることは信用することができない。

甲第七号証については、東京法務局大森出張所作成名義の部分は真正にできたこと争いなく、被告尾崎作成名義の部分は尾崎宗名下の印影が同被告の印によるものであること当事者間に争いない事実によつて真正にできたものと推定される。そして弁論の全趣旨によると、同証中その他の部分も真正にできたものと認められる。

甲第六号証が真正にできたことは、当事者間に争いがない。

以上の甲第一号証、第五ないし第七号証と証人伊東正雄(第一、二回)、同大村淳三の各証言、原告本人の供述とを合せ考えると、被告尾崎は別紙第一目録の建物で料亭を経営していたが、営業成績が上らず数十万円の債務を負い、一部の債権者から強硬に返済を迫られるに至つたので、自己所有の別紙第一目録の土地建物を売却して債務を整理しようと考え、かねて懇意の伊東正雄立会いのもとに、昭和三十年九月八日、原告との間に、右土地建物について原告主張の内容の売買契約をした(ただし、原告が買受けたのにかかわらず、原告はただ名義だけ、その三男大村益夫の氏名を使つた)こと、その後原告は原告主張のとおり買受人としての義務を履行したことが認められる。

被告尾崎本人の供述の中には右認定に反し被告らの主張に合うような部分があるが、これはさきにあげた各証拠に照らして信用することができない。ほかに、被告ら主張の事実を認め前認定をくつがえすことができる証拠はない。

してみると、別紙第一目録の土地建物は昭和三十年九月二十六日をもつて原告の所有に帰したものというべく、被告尾崎が右建物を占有していること、原告が右建物につき原告主張のとおりの仮登記を経たことは当事者間に争いがないから、被告尾崎は原告に対し、右土地建物につき右仮登記にもとづく所有権移転の本登記手続をし、かつ右建物を明渡さなければならたい。

つぎに被告設楽、同吉田が本件建物のうち原告主張の部分を占有していることは、右被告らの認めるところであるる。

甲第三号証(真正にできたことに争いがない)と証人大村淳三の証言とによると、右被告両名は昭和三十二年十一月頃以後右の部分を被告尾崎から賃借して引渡しを受けたことが認められる。

しかし、右建物につき原告のため昭和三十二年二月二十八日右売買にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記がされたことはさきに説明したとおりである。右賃借権設定契約は、この仮登記後されたものであつて、右仮登記にもとづく所有権移転の本登記がされれば、原告との関係で、その効力を否定される運命にある。まだ右の本登記がされていない現在においては、原告は、右賃借権設定契約が原告との関係で効力がないことになつたことを主張することができないもののようにみえるが、本件におけるように、右の賃借権を主張する者に対して建物の明渡しを求める請求と右の建物の売主に対して所有権移転の本登記(右仮登記にもとづく)手続を求める請求とが併合審理され、同時に判決される場合においては、後者の点につき仮登記にもとづく本登記手続を求める条件がそなわつたと認定して、原告の請求を認容する限り、前者の請求を判断するにあたつても、右仮登記にもとづく本登記がされたと同じに扱うのが相当である。さもないと、原告としては、右仮登記にもとづく本登記手続を求める訴で勝訴の判決をえ、現実に本登記を経たうえで、新たに建物の明渡しを求める訴を起さねばならぬのであるが、それは前者の場合と結果において異らぬところを徒らにまわりくどい手続で実現するにすぎないことになるのである。

本件において、原告が被告尾崎に対して右仮登記にもとづく所有権移転の本登記手続を求めることができること前記のとおりである以上、被告設楽、同吉田の前記賃借権は原告との関係でその効力がないことになる。したがつて、右被告両名は原告に対し、右建物を明渡さなければならない。

原告の請求はいずれも正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条一項但書を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

第一目録

一、土地

東京都大田区東蒲田四丁目二五番の一五

一、宅地 四七坪五合

二、建物

東京都大田区東蒲田四丁目二五番地の一五

家屋番号同町二五番一七

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 二五坪

第二目録

第一目録の建物のうち

全部 被告尾崎占有

八畳間 被告吉田占有

六畳間(南角の) 被告設楽占有

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例